新規事業の壁打ちの場で、「ところで、みなさん何のツールを使っているんですか」と聞かれることがよくあります。私たちは新規事業の体制づくりを本業にしているので、各社の道具立てを見る機会も多いです。
先に立場を書いておきます。道具が事業を作るわけではありません。事業を作るのは検証と判断の積み重ねで、ツールが支えられるのはその工程までです。ただ、工程に合った道具は作業の時間を確かに減らしてくれますし、記録を資産に変えてくれます。ここを混同しなければ、SaaSは頼れる味方です。
この記事では、事業開発の実務を支えるSaaSを13個選び、4つの工程に分けて比較します。2026年8月時点で現行のサービスだけを載せています。
選定の観点
事業開発の仕事は、おおまかに言えば、アイデアを立て、顧客を知り、解決策を試し、案件を推進して学びを残す、という工程の繰り返しです。ツールもこの工程に沿って選ぶのが実務的だと考えています。「流行っているから」で入れたツールは、どの工程の何を良くするのかが曖昧なまま放置されがちです。
そこで今回は工程を4つに割り、工程ごとにツールを並べて比較します。全体の地図はこの表の通りです。
| 工程 | この工程で解くこと | ツール |
|---|---|---|
| ① アイデア創出・テーマ探索 | アイデアを出し、評価して前に進める | Miro / HASSAN / IDEATION Cloud / Throttle |
| ② 顧客理解・リサーチ | 話を聞く相手に会い、聞いた話を資産にする | ビザスク / uniiリサーチ / Notta / Dovetail |
| ③ 仮説検証(ソリューションと受注) | 買われるかを最小コストで確かめる | Vividir / STUDIO / HubSpot |
| ④ 立ち上げ・グロースと蓄積 | 使われているかを事実で見て、学びを残す | Amplitude / Notion |
料金は改定が多いため本文には書きません。各公式サイトを参照してください。
なお、工程③には当社のサービスVividirが入っています。自社サービスを外すと工程の地図として欠けてしまうため、提供元を明示した上で、他のツールと同じ粒度で書きます。
① アイデア創出・テーマ探索
この工程の詰まりは2種類あります。アイデアがそもそも出ないことと、出たアイデアを評価して前に進める仕組みがないことです。発散の作業台、AIによる量産、評価と推進の仕組みまで、性格の違うツールが揃っています。
| ツール | 一言で何か | 向いているチーム |
|---|---|---|
| Miro | 発散と構造化のオンラインホワイトボード | 発散した付箋をその場で構造化まで持ち込みたいチーム |
| HASSAN | 自社アセットを学習したAIがアイデアを量産 | アセット起点でテーマ候補を広く洗い出したい事業企画 |
| IDEATION Cloud | 海外スタートアップ事例起点のアイデア創出SaaS | 先行事例から国内の機会を探したいチーム |
| Throttle | 社内公募と案件推進のプラットフォーム | 全社公募プログラムを運営する事務局 |
1. Miro(アイデアの発散と構造化)

Miroは、米Miro社が提供するオンラインホワイトボードです。付箋や図を複数人で同時に編集でき、リーンキャンバスやジャーニーマップのテンプレートも揃っています。近年はAIによる付箋の分類・要約が加わり、ホワイトボードというより発想と整理の作業台になりつつあります。
事業開発で効くのは、アイデア出しのワークショップと、考えを1枚に広げて眺める場面です。会議室のホワイトボードと違って書いたものが消えずに残り、後から検証計画に接続できます。
対面とリモートが混ざったチームや、発散した付箋をその場で構造化まで持ち込みたいチームに向いています。
2. HASSAN(自社アセット起点のアイデア発散)

HASSANは、Spready株式会社がAILLIOと共同で提供する、新規事業に特化したAIサービスです。自社のアセットを学習させたAIに関心のある業界やキーワードを入れると、アセットと掛け合わせた事業アイデアの種を一度に大量に発散します。選んだアイデアからビジネスモデルキャンバスや事業計画シートの下書きも作れます。
効くのは、アイデア出しの初速です。ゼロから付箋を貼り始めると数ヶ月かかることもあるアイディエーションを、たたき台のある状態から始められます。導入事例でも、発散にかかる期間の短縮が主な効能として語られています。
自社の技術や販路といったアセットを起点に、テーマの候補を広く洗い出したい事業企画部門に向いています。
3. IDEATION Cloud(先行事例起点のアイデア創出)

IDEATION Cloudは、後述するThrottleと同じ株式会社Relicが提供する、事業アイデア創出のSaaSです。100万件を超える海外スタートアップの事例データベースと生成AIを組み合わせ、世界で成立したビジネスモデルを起点に、日本市場に合わせた事業アイデアを作ります。2025年に提供が始まった比較的新しいサービスです。
効くのは、テーマ探索の広さです。自社の発想だけでは出てこない領域を、資金調達まで進んだ先行事例から引けます。市場規模や成長性といった事業性の評価軸が組み込まれている点も、アイデアの選別に使えます。
いわゆるタイムマシン型の探索、つまり海外で成立した事例から国内の機会を探すアプローチを取りたいチームに向いています。
4. Throttle(社内公募とプログラム管理)

Throttleは、新規事業支援の株式会社Relicが提供するイノベーションマネジメント・プラットフォームです。アイデアの募集から評価、ブラッシュアップ、案件の進捗管理までをひとつの場で扱えます。国内で広く導入されています。
効くのは、社内ビジネスコンテストや新規事業公募制度の運営です。応募・審査・フィードバックをメールと表計算で回すと事務局が疲弊しますが、この工程を専用の仕組みに載せられます。リーンキャンバスなどのフレームワークが組み込まれていて、応募者の書式を揃えられる点も実務的です。
全社の公募プログラムを運営する事務局や、複数案件を並行して推進する新規事業部門に向いています。
② 顧客理解・リサーチ
この工程で解くのは、課題仮説を確かめる相手に会うことと、聞いた話を後から使える資産に変えることです。相手探しと記録・蓄積、それぞれに専用のツールがあります。
| ツール | 一言で何か | 向いているチーム |
|---|---|---|
| ビザスク | 業界有識者へのスポットコンサル | 土地勘のない領域を検討するチーム |
| uniiリサーチ | セルフ型のユーザーインタビュー | 生活者インタビューの回転数を上げたいチーム |
| Notta | AIによる文字起こしと要約 | ヒアリングの本数が多いチーム |
| Dovetail | リサーチの蓄積・分析リポジトリ | リサーチを組織の資産にしたいチーム |
5. ビザスク(業界有識者へのヒアリング)

ビザスクは、株式会社ビザスクが運営するスポットコンサルのプラットフォームです。各業界の実務経験者に、1時間単位でインタビューを依頼できます。登録者は数十万人規模で、おおよその業界はカバーされています。
効くのは、テーマ探索や市場理解の初期です。知らない業界に踏み込むとき、商流や意思決定の実態のような「調べても出てこない一次情報」を、経験者の口から短時間で得られます。仮説がまだ粗い段階の壁打ち相手としても使えます。
自社に土地勘のない領域を検討しているチームには、最初に挙げたい選択肢です。
6. uniiリサーチ(ユーザーインタビューの相手探し)

uniiリサーチは、株式会社LIFULLが提供するセルフ型のユーザーインタビューサービスです。条件を指定して募集をかけると一般の生活者から応募が集まり、オンラインでインタビューできます。
効くのは、顧客発見の段階です。課題仮説を確かめたいのに、身近に該当セグメントの人がいない。この「相手が見つからない」問題を解いてくれて、募集から実施までを数日単位まで縮められます。
BtoCや生活者に近いテーマを扱うチーム、インタビューの回転数を上げたいチームに向いています。
7. Notta(インタビューと会議の記録)

Nottaは、Notta株式会社が提供するAI文字起こしサービスです。会議やインタビューの音声をテキスト化し、話者の分離や要約までを自動でこなします。日本語の認識精度に定評があります。
効くのは、インタビューの記録です。検証の材料は発言の原文にあります。要約された議事録だけが残ると、後から「本当にそう言っていたか」を確かめられません。文字起こしが自動で残る状態は、検証の質を下支えします。
インタビューやヒアリングの本数が多いチームなら、検討する価値があります。
8. Dovetail(インサイトの分析と蓄積)

Dovetailは、豪Dovetail社が提供するリサーチリポジトリです。インタビューの録画・文字起こし・メモを1箇所に集め、タグ付けして分析し、チームで検索できる状態にします。蓄積したデータをAIで横断的に要約する機能も充実してきました。
効くのは、インタビューが積み上がってからです。10本を超えたあたりから「誰かが聞いたはずの話がどこにあるか分からない」が起きはじめます。発言を貯める場所を先に決めておくと、後続の案件が過去の学びを再利用できます。
UIは英語ですが、リサーチを組織の資産にしたいチームには合います。
③ 仮説検証(ソリューションと受注)
この工程で解くのは、解決策が本当に買われるのかを最小のコストで確かめることです。検証の設計と回し方、作って出す速度、顧客接点の記録が論点になります。
| ツール | 一言で何か | 向いているチーム |
|---|---|---|
| Vividir | 言語化した基準でAIが仮説検証の探索を回す | 判断基準をチームの共有物にしたい事業部門 |
| STUDIO | ノーコードのLP・サイト制作 | LPの修正を日常的に回したいチーム |
| HubSpot | 顧客・商談・フォームを扱うCRM | 検証段階から顧客接点を記録したいチーム |
9. Vividir(基準を共有した検証の設計と探索)

Vividirは、当社ProfinanSS, Inc.が提供する事業創出のプラットフォームです。この記事の発行元が作っているサービスなので、その前提で読んでください。言語化した判断基準(ポリシー)を拠り所に、AIがチームと同じ基準でアイデア創出と検証の探索を回します。
効くのは、検証の量より判断の一貫性が詰まっているときです。判断の基準が言葉になっていないと、同じ検証結果でも場によって評価が揺れ、現場は次に何を確かめればいいか分からなくなります。基準を言葉にして置き、AIとの壁打ちも人の議論も同じ基準に照らす、という使い方をします。
判断基準を個人の頭の中からチームの共有物に移したい事業部門に向いています。
10. STUDIO(検証用LPの内製)

STUDIOは、STUDIO株式会社が提供するノーコードのWeb制作プラットフォームです。コードを書かずに、デザイン性の高いサイトやLPを作って公開できます。日本発で、管理画面も日本語です。
効くのは、ソリューション検証です。ティザーLPを出して事前登録を募る、訴求を変えて反応を比べる、といった検証は、外注すると1往復ごとに日数が溶けます。自分たちで作って直せる状態は、検証の速度そのものです。
デザインの体裁も一定担保したいチームや、LPの修正を日常的に回したいチームに向いています。
11. HubSpot(見込み顧客の管理)

HubSpotは、米HubSpot社が提供するCRMプラットフォームです。顧客情報・商談・フォーム・メール配信をひとつの基盤で扱え、無料枠から始められます。
効くのは、BtoBの受注検証です。誰に会い、何を提案し、どこで止まったか。この記録が個人のメモに散っていると、検証の学びがチームに残りません。事前登録者への連絡や、問い合わせ対応の受け皿としても機能します。
検証段階から顧客接点を記録に残したいチームや、営業経験者が少ないままBtoBを立ち上げるチームに向いています。
④ 立ち上げ・グロースと蓄積
世に出したあとの工程です。使われているかを事実で確かめることと、案件の学びを次に引き継げる形で残すことを解きます。
| ツール | 一言で何か | 向いているチーム |
|---|---|---|
| Amplitude | 行動データでのプロダクト分析 | 利用実態から次の判断を引き出したいチーム |
| Notion | ドキュメントとデータベースの統合 | 「書いて残す」文化を作りたいチーム |
12. Amplitude(利用データでの検証)

Amplitudeは、米Amplitude社が提供するプロダクト分析プラットフォームです。ユーザーの行動をイベント単位で記録し、ファネルや継続率を分析できます。
効くのは、MVPを出したあとです。「使われているか」をページビューではなく行動で見られるので、どの機能で離脱しているか、翌週も戻ってきているかを事実で確かめられます。リリース前の仮説を、リリース後のデータ検証につなげられます。
プロダクトを世に出し、利用実態から次の判断を引き出したいチームに向いています。
13. Notion(案件管理とナレッジ共有)

Notionは、米Notion Labsが提供するドキュメントとデータベースの統合ツールです。議事録、検証記録、案件一覧を同じ場所で管理できます。
効くのは、推進と蓄積の全般です。案件ごとの検証記録、意思決定の履歴、撤退した案件の学び。これらが1箇所にあると、新しいメンバーの立ち上がりも、次の案件の初速も変わります。データベース機能で案件のステージ管理をする使い方も定番です。
ほとんどのチームに合いますが、特に「書いて残す」文化を作りたいチームの土台になります。
どの工程が詰まっているかから選ぶ
13個すべてを入れる必要はありません。自分たちの工程のどこが詰まっているかを見て、そこにひとつ入れれば十分です。インタビューの相手が見つからないならuniiリサーチから、記録が散っているならNotionから、という順番です。
そして、どのツールを入れても残る仕事があります。何を検証すべきで、何が観測できたら次に進むのかという基準を、言葉にする作業です。基準が言葉になっていなければ、インタビューの記録が何本貯まっても判断は前に進みません。ツールが返してくれた時間は、この基準づくりに使うのがいちばん割に合うと思います。
基準の立て方、つまりゴールを状態で置いて成立条件と達成条件へ分解する手順は、ハンドブックのすべての根本となるスキルに書いています。道具は、そのあとでいくらでも効いてきます。
