PwCコンサルティングが2025年11月に発行した『新規事業開発の取り組みに関する実態調査2025』を読みました。新規事業に取り組む売上高10億円から1兆円以上の日本企業1,032社を対象にした調査で、国内のこの種の一次データとしては大規模な部類です。
私たちは新規事業の体制づくりを本業にしています。壁打ちの場でこの調査の話が出ることも増えてきたので、同業の目で通読した感想を書いておきます。
冒頭のハイライトは4点ありました。業種別の各論を除いて要約すると、新規事業は3年で成果が求められている、8割の企業が「成功」に至っていない、成功企業は取り組む案件内容よりも組織づくりに特徴がある、というものです。
第一印象は「証明してくれた!」でした。
私たちが日頃の壁打ちで話していたこととあまりにも近く、活用させていただく機会も増えました。
ただ、同意して終わりでは読んだ意味がありません。1,032社の回答は貴重な一次データですが、読み方を誤ると結構間違う資料でもあると思いました。同意する点と、注意して読むべき点に分けて書いていきます。
何の調査か(成功の定義と歩留まり)
この調査は「新規事業の成功」を、案件が投資回収フェーズ以降に到達している状態と定義しています。該当したのは全体の21%(215社)で、主力事業化まで至った企業は1割に満たないという結果でした。残る79%が「挑戦企業」と呼ばれます。
各企業で最も進んだ案件がどこまで到達したかも出ています。事業企画書の作成までは93%の企業が到達しますが、リリースで47%、投資回収の達成で21%、主力事業化で9%まで落ちます。
ひとつ、集計の性質を添えておきます。この到達率は案件単位の成功率ではありません。各企業の「最も進んだ案件」を企業数で数えたものなので、案件を多く持つ企業ほど、どれかひとつが先へ進みやすい。後半に出てくる「成功企業は案件数が多い」という結果を読むときにも、頭の片隅に置いておきたい点です。
同意する点(差は組織づくりについていた)
調査は取り組む新規事業を5つに分類し、成功企業と挑戦企業の分布を比べています。5分類のうち4つで両者の差は0.4〜3.4ポイントしかなく、うち2つはむしろ挑戦企業のほうが高い側でした。はっきり差が出たのは海外展開の5.6ポイントだけです。
一方で、体制側の数字には桁の違う差がついています。4案件以上を並行して推進する企業は成功企業の47%に対して挑戦企業は12%。年間予算10億円以上が35%対15%、取り組み期間10年以上が37%対18%。プロセス整備がうまくいった要因として「プロセスを管理する人材・事務局体制の確立」を挙げた割合も26%対9%でした。
レポートの総括は「成功企業は、取り組む案件内容よりも組織づくりに特徴がある」です。ここは全面的に同意します。どのテーマを選ぶかより、何度やれる体制かで差がつくという読み方は、新規事業に「成功の型」はあるのかに書いた結論とも近いです。
経営からの協力は極めて重要
成功企業の特徴10項目の筆頭には「新規事業を経営上の最重要課題に位置づけている」が置かれています。成功に向けた6つの提言でも、対応状況の差が最も大きいのは「全社戦略の打ち手として位置づけた上での新規事業推進」の35%対26%でした。ここも素直に同意します。
現場の実情を添えます。新規事業の部門は、周囲から「成果を出していない、何をしているのかよく分からない部署」と見られがちです。担当者本人も、事業が生まれない限り評価されにくく、経営の側も、成果の見えない部署に高い処遇を出しづらい。不確実なものに向き合う体制のない組織では、腫れ物のように扱われることさえあります。
これは誰かの姿勢の問題ではなく、不確実な取り組みを評価する設計がないことが生む構造の問題です。だからこそ、経営が本気で関与しているかどうかで景色がまるで変わります。調査が使う「エンドースメント」という言葉の定義がよくできていて、形だけの承認にとどまらず、事実として必要な存在として信頼され、活動を協力・支援したいとメンバーが考えている状態を指すそうです。ここまで含めての「経営からの協力」だと思います。
同時に、これを「経営が本気で入ってくれない」という話で終わらせないほうがよい、とも思っています。経営からの協力を取りつけること自体が、新規事業部門のミッションの一部だからです。気持ちはよく分かりますが、言っていても始まりません。経営アジェンダに組み込んでいくための働きかけの設計は、ハンドブックの合意形成と巻き込み方に書いています。
注意して読むべき点(成功企業の特徴10項目は結果論でもある)
ここからは、読み方に注意が要ると思った点です。
調査の中心には、成功企業の特徴が10項目にまとめられています。経営アジェンダ、取り組み期間と案件数、事務局・推進チーム、組織の機能設計、権限移譲、連携プロセス、KPI、ノウハウ集約、エンドースメント、予算。よく整理されたリストです。
ただし、このリストは「成功した企業を事後に集計したら、こう見えた」という性質のものです。各社の組織設計の背後には、事業の性質、人員、歴史といった膨大な背景情報があったはずで、成功企業のどれか1社を取り出せば、10項目に載っていない設計が効いていたり、10項目のいくつかを満たしていなかったりすると思います。
つまりこれは、相関の一覧であって、満たせば成功する十分条件のチェックリストではありません。特徴の並びは、どうしても「これをやれば成功する」と読めてしまいます。そこが、この資料のいちばんの注意点だと考えています。
「長く取り組む」「案件数が多い」のは結果論
とくにミスリードになり得ると思ったのが、取り組み期間と推進案件数です。10年以上取り組む企業が37%対18%、4案件以上を推進する企業が47%対12%。全図表を通じて最大級の差で、体制側で差がつくことを示す指標としては重要な数字です。
ですが、ここから「長く取り組むほど成功する」「案件数を増やせば成功する」という特徴をそのまま真似るのはマズいです。期間や件数は、中身を伴わなくてもコピーできてしまう数字だからです。形だけ真似れば、めちゃくちゃ忙しい10年を過ごしたのに何も結果が出ていない、になりかねません。
因果の向きも切り分けられていません。長く続けたから成功したのか、成果が出たから続けさせてもらえたのか。予算も案件数も、成功が先だった可能性があります。一時点の自己申告アンケートでは、どちらとも言えないままです。
現場の時間軸ともずれがあります。設定されているKPIの最多は、成功・挑戦企業とも「3年以内の売上・利益貢献目標」で6割を超えます。10年続けた企業が成功している一方で、現場に与えられているのは3年です。長く取り組むをそのまま実現できる組織も、実際にはほとんどないでしょう。
特徴の一覧と、KGIの因数分解は別にある
では、この調査をどう使えばよいのでしょうか。
成功企業の特徴(相関)と、自社のKGIを達成するための因数分解は、別のところにあります。この資料が見せてくれるのは前者です。参考としては大いに使えますが、自社の打ち手は、自社のKGIを分解した先にしか出てきません。
KGIをお持ちなら、それを因数分解して、要素のひとつずつを改善していく。事業数=案件数×事業化率という式で言えば、早めに間違いに気づく、失敗を極力減らす、案件あたりのリソース効率を上げる。そういう体制をつくることが、式の各項の改善になります。分解の考え方は、ハンドブックの成功に至るための基本とすべての根本となるスキルに手順として書いています。
究極的には「不確実なものに向き合い続けること」を念頭に作られた体制や制度の設計が、メンバーのパフォーマンスを引き上げる一番の手立てです。
だから、体制をつくった企業は「成功しやすくなる」というより、期待値の高い状態を維持できるようになる。この捉え方がいちばん実態に近いと思います。個々の案件には当たりも外れもありますが、期待値の高い探索を回し続けている組織が、結果としてこの調査の21%側に集計されていく。10項目の特徴は、その状態の残像のようなものだと読みました。
まとめ
n=1,032の一次データは、それだけで貴重です。総括のほとんどに同意しますし、体制づくりの議論を社内で始めるための材料として、現時点で最良の公開資料のひとつだと思います。
そのうえで、特徴の一覧をそのまま真似ないこと。調査が示しているのは「成功企業はこうだった」までで、そこから先の打ち手は自社のKGIの分解から取り出さなければなりません。この2つを分けられれば、頼れる資料です。新規事業に関わる方は、一度原典に当たってみてください。
