「うちもAIを活用しろと言われていまして」。新規事業の現場でこの話題になると、出てくるのはたいてい資料作成、リサーチ、アイデアの壁打ちです。実際どれもAIの得意分野で、導入すれば作業は確かに速くなります。
ただ、作業が速くなった分だけ事業が増えたかというと、そうなっていないチームが多いのではないでしょうか。資料は速く仕上がるのに、審査会の差し戻しは減らない。調査は一晩で揃うのに、案件は前に進まない。
私たちは、AIが本当に役立つのは作業よりも仕組みの側だと考えています。本記事では、1つの案件が通る「創出 → 推進 → 合意形成」の流れに沿って、AIを組み込むべき7つの仕組みを整理します。冒頭に挙げた資料・調査・壁打ちの効率化は、このうちの1つでしかありません。
なぜ作業の効率化だけでは足りないのか
新規事業チームが期間内に生み出せる事業の数は、シンプルな式で書けます。総リソース(人数 × 使える時間)を案件リソース(1案件にかかる人月)で割って案件数を出し、事業化率を掛ける、という式です。
作業の効率化が削るのは、案件リソースのうちオフィスワークの部分です。ところが案件リソースを実際に膨らませているのは、作業そのものよりも、ゆるい基準で通過した案件が後工程で膨らむこと、承認の待ちと不明瞭な差し戻し、撤退の話が出ないまま続く案件がリソースをロックし続けることです。
つまり、資料が速く書けるようになっても、判断のあり方が変わらなければ、案件リソースはほとんど減りません。AIで手段は変わっても、事業開発の本質的な課題は変わらないのです。
7つの仕組みの全体像はこの図の通りです。順に見ていきます。
創出:案件の入口を絶やさない
1. 案件創出の仕組み
アイデアの創出と壁打ちをチーム共通の手順で行い、思いつきを案件として扱える形に整える仕組みです。
AIはアイデアの量産と壁打ちの相手として、すでに十分に有能です。問題は、個人のチャットで壁打ちを済ませると、やり取りが個人の履歴に閉じて、チームには何も残らないことです。「何が確かめられたら案件と呼べるか」を先に文章にしておき、AIとの壁打ちをその条件に沿って進めると、誰が起案しても同じ粒度で案件が挙がってきます。
2. 期待度のモノサシ
挙がった案件のどれから走らせるかを、期待値で並べて選別するモノサシです。
AIはアイデアを100個でも出してくれますが、評価の軸が決まっていないと、量が増えるほど選ぶコストが膨らみます。新規性を重く見るのか、自社アセットとの掛け算を重く見るのか。先にモノサシを明文化してあれば、AIに全案を同じ基準で一次評価させて、人は上位の議論に集中できます。順序が逆で、まず量を出してから選び方を考えると、AIの出力に埋もれてしまいます。
推進:可能性を速く確かめる
3. 論理的な検証
論点・仮説・検証の設計を強化し、後工程の出戻りを減らす仕組みです。
ゴールを状態で決め、成立条件と達成条件へ分解する手順は、ハンドブックのすべての根本となるスキルに書いた通りです。この分解が書き出されていると、AIに「成立条件にモレはないか」「この検証はどの条件を確かめているのか」を検査させられます。反事実を挙げてモレを探す作業は、人よりAIの方が根気よく続けられる領域です。
設計そのものを持たないままAIに「検証して」と頼むと、もっともらしい一般論が返ってくるだけで、出戻りは減りません。
4. 作業効率UP
資料・調査・レビュー準備といったオフィスワークを、ツールで効率化する仕組みです。
冒頭に書いた通り、AI活用と聞いて想像されるのは主にここで、もちろんやるべきです。汎用AIで足りる場面も多く、工程別の専用ツールは新規事業を支援するAIツール比較に整理しました。
ただし、ここだけで止まると効果は限定的です。速く仕上がった資料が承認の待ち行列に並ぶだけなら、案件のリードタイムは変わらないからです。
5. 案件ごとのモノサシ(撤退基準)
案件ごとに撤退基準を先に持ち、ゾンビ化の芽を早期に摘む仕組みです。
検証結果と撤退基準の突き合わせは、人の運用だけに頼ると定例の議題から外れやすくなります。継続してきた案件を止める話は、切り出すタイミングが難しいものだからです。基準が文章で決まっていれば、毎回の突き合わせと兆候の検知はAIに任せられます。「撤退基準との突き合わせが3回連続で議題に載っていない」といった検知は、AIが最も得意とする仕事です。
ゾンビ化の定義と対処はゾンビ化とは何かに詳しく書いています。
合意形成:差し戻しや持ち帰りを減らす
6. 合意形成を前提とした準備
部長、役員、審査会といった利害関係者をあらかじめ見据えて、推進を設計する仕組みです。
AIの使い方として想定問答の作成がよく挙がりますが、使いどころはもう一段手前にあります。誰の行動変容が必要で、その人のどの懸念(不信・不要・不適・不急)を解く必要があるのか。この洗い出しからAIに手伝わせます。過去の審査会で出た指摘を読ませておけば、起案の早い段階で「この論点はまた聞かれます」と先回りできます。
巻き込みの設計は合意形成と巻き込み方に書いています。
7. 判断基準のメンテナンス
承認・差し戻し・撤退といった判断を抽象化し、再利用できる形に磨き続ける仕組みです。
7つの中で最も見落とされやすく、そして最も差がつきます。判断が理由ごと文章で残っていれば、AIはそれを手がかりに、チームの基準で壁打ちや一次評価ができるようになります。逆にここが空だと、どれほど高性能なAIでも一般論しか話せません。
1〜6の仕組みを続けるほど判断のログは溜まり、基準が磨かれ、AIの壁打ちの質が上がります。ここまで来ると、AIは作業の道具から、チームの基準で動く相手に変わっていきます。
横断:並列探索と活動量の観測
7つの仕組みで1案件が軽くなったら、空いた時間は手持ちの案件を固めることよりも、新たな創出に挑むことに使います。創出から合意形成までのサイクルを、一人ひとりが並列で進めるためです。
あわせて、どの工程で詰まりやすいのか、どれだけリソースを割いたのかを記録しておきます。AIに任せた作業はログが自然と残るので、この観測は以前よりずっとやりやすくなっています。
仕組みを言葉にするところから
7つに共通するのは、AIを組み込む前に、チームの手順や基準が文章になっている必要があることです。案件と呼べる条件、期待度のモノサシ、成立条件の分解、撤退基準、解くべき懸念、判断の理由。AIのフル活用は、ツールを揃えることよりも、チームの判断を言葉にすることから始まります。
どこから手をつけるか迷ったら、いま一番リソースを食っている工程からで十分です。ゴールを状態で決め、成立条件へ分解する手順はすべての根本となるスキルに、1案件の進め方の全体は事業開発の進め方に書いています。
7つの仕組みを一つの基盤で回す(Vividir)
この7つの仕組みを一つの基盤にまとめるために、私たちはVividirを提供しています。中心にあるのは、チームの判断基準を言葉にしたポリシーです。案件と呼べる条件、期待度のモノサシ、撤退基準といった基準をポリシーとして持ち、AIがそれを拠り所に、チームと同じ基準で動きます。
創出の工程では、アイデアの壁打ちをポリシーに沿って進めます(1)。個人のチャットに閉じていたやり取りが案件の形で残り、挙がった案件はポリシーに書いた評価軸で一次評価されて、期待度の順に並びます(2)。
推進の工程では、ゴールを状態で決め、成立条件と達成条件へ分解した設計に対して、モレやムダの検査をAIに任せられます(3)。資料や調査、レビュー準備といったオフィスワークも同じ基盤の上で進むので(4)、検証の結果が撤退基準から切り離されません。案件ごとの撤退基準との突き合わせと兆候の検知も、定例を待たずに続きます(5)。
合意形成に向けては、誰の行動変容が必要で、どの懸念を解くべきかの洗い出しから手伝います(6)。そして承認・差し戻し・撤退の判断は理由ごとログとして溜まり、ポリシーの磨き込みに使われます(7)。1〜6を続けるほど基準が磨かれる循環が、一つの基盤の上で成り立つようにした設計です。
